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第十二話 勝来

last update Last Updated: 2025-07-08 05:54:33

第十二話   勝来

玉菊灯篭が始まり、二日目。

「おはようございます」 今日は梅乃より小夜が早起きをしていた。

「なんだ、今日は小夜の方が早いんだな」 片山は、掃除をしながら小夜と話していた。

「えへへ~ 潤さんこそ、いつも早いですよね♪」 小夜は片山からホウキを受け取り、外を掃いていた。

そして誰もが待っていた時間、朝食である。

「モグモグ」 小さな音で細かく噛んで食べる小夜に対し、 「ガッ ガッ」と口に流し込んで食べているのが梅乃である。

性格も反対である。 オドオドしている小夜に対し、正面から当たっていく梅乃。 そんな二人だが仲がいい。

これは “人の法則 ” と、言うのであろうか。

 小夜も梅乃も、お互いに惹かれあっていた。

 『人と言うのは、自分と近しい存在に親しみを覚え、そして自分から遠い存在に惹かれるものらしい』

 捨て子だった二人は親しみがあり、正反対の性格の二人が惹かれ合っていたのである。

 もちろん喧嘩もなく、お互いの手を握り合って励ましている仲である。

 「梅乃、今日は勝来に付いておくれ。 そして小夜は、信濃に付いておくれ」 朝食も済まさぬ時間、采は二人に言った。

 (来たか……) 采の言葉を聞き、菖蒲の顔がピクッとした。

 玉芳に付いていた四人が、各々でバラバラの役目を持つ。

 そしてこの四人が分断されたことにより、三原屋の暗い影を落とすことになるのを、まだ采は知らなかった。

 昼見世の時刻、多くの妓女は張り部屋に入った。

 菖蒲も、その一人である。

 菖蒲は、一人の客から贔屓《ひいき》にされて勢いを持っていた。

 笑顔のコツを知り、慣れぬキセルを辞めた。 完全に “真面目な女の子 ”を演出するようになっていた。

 菖蒲の手法は、紙に見世と名前を書いた紙を数枚持つ。

 そして、その紙を客前で咥えて紅を付けて渡すのである。

 現代で言えば、名刺にキスマークを付けて渡す手法になる。

 これを菖蒲は覚え、上手に人気を得ていた。

 そして昼見世が開始して、三十分が経つ頃

信濃が着飾った姿で店の前に立った。

 「お~ いい女だな……三原屋の花魁か?」 そんな言葉が客たちの視線を奪った。

 「なによ、信濃のヤツ……」 そんな妬みが、張り部屋に流れる。

 みんなと同じように一般の妓女であった信濃が、いきなり高級妓女になったのであれば面白くもないだろう。

そんな中、張り部屋に椅子を持った采が現れた。

 「よいしょ」 采は、椅子を置くと、妓女たちが座っている場所を整理した。

 妓女は張り部屋の左右に分かれ、奥の椅子が見えるような配置をしていた。

 「よし、勝来入りな」 采の呼びかけで勝来は豪華な衣装に身を包み、静かに張り部屋に入った。

 「ここに座りな」 采の言葉で、勝来は声も出さずに椅子に座った。

 (この衣装……まさか勝来が花魁に……?) 張り部屋がざわつく。

 椅子に座った勝来は、他の妓女と目を合わすことなく真っすぐに外を見ていた。

 そして、見世の前に置かれた椅子に座っていた信濃も勝来の姿を見た。

 (なんでよ……この前まで、私の付き人だった勝来が……) 信濃は手を震わせ、怒りを滲《にじ》ませる。

 客が多い見世の前、三原屋の二枚看板として話題を作っていったが……

 (なんで客が勝来を見るのよ……私が花魁になるのよ! なんで勝来を見ているのよ) ここに信濃が闘志を燃やしていた。

 その三原屋の奇策に、驚くこともなく表情を変えない二人がいた。

 菖蒲と梅乃だ。

 (活気があって、いいな~) 梅乃は単純に客が多く、『みんな良くなれ』と、思っていた。 まだ梅乃は、女のドロドロの世界を知るには早かった。

 しかし、菖蒲は

 (これは、玉芳花魁の客が多くて妓女はオコボレを貰っていた。 なのに自身の営業と勘違いして生ぬるい環境になってしまったツケだ……)

 生真面目で、勉強熱心だった菖蒲は正しく気づいていたのだ。

 そして、菖蒲はチラッと勝来を見る。

 勝来は、家柄も良く武家の出身である。 武家出身と言うだけで箔が付き、話題性は十分だ。

そして、見た目である。

勝来は、ほっそりした顔立ちで目が切れ長である。

まさに浮世絵などで出てくる顔であり、目立つ顔立ちではないが奥ゆかしさが見えてくる。

そんな勝来の変貌に、菖蒲は本気で勝来に挑もうとしていく。

 しかし、表情を変えずに外だけを見ている勝来の姿に、菖蒲は違和感を覚えた。

 そして、昼見世の時間が終わり、大部屋には数名の客がいて話しができず、二階の部屋に妓女が移動する。

そこで始まった。

“パンッ ” と、言う音が妓楼の二階に響いた。

信濃が勝来の頬を叩いていた。

「なんで勝来が花魁なのよ……アンタ、私の付き人だったでしょ? なのに、その服……脱ぎなさいよ!」 信濃が怒り狂い、勝来の服を脱がそうとしていた。

信濃は二十五歳。 これが花魁となる最後のチャンスかもしれない。

勝来は十四歳。 先日に水揚げをしたばかりの生娘に近い状態である。

この妬みや嫉妬の中、妓女たちの戦いは激化していく。

「ねぇ梅乃……」 小夜は、梅乃の服を引っ張り、心配していた。

この、ただならぬ雰囲気に小夜も気づいていた。

「大丈夫。 私たちは大丈夫だから……」 梅乃は、そう言って小夜を別の部屋に連れていった。

そして、「私たちは二人で花魁になればいい。 それなら喧嘩にもならない……ねっ♪」 梅乃は、ニコッとして小夜に言った。

しかし、興奮している妓女たちの怒りは治まらなかった。

「アンタ……そんなに怒っているけど、いきなり高級妓女になったからって、お高くとまらないで」 ある妓女が、信濃を攻めだした。

そこから妓女たちは、疑心暗鬼の中での営業は続いていく。

本当なら、こんな妓楼を辞めて楽しく仕事をしていと思うのだが、借金もあり、年季が明けるまで働かなければならない。

そんな環境で、妓女たちのストレスが溜まっていくのである。

そんな時であった、

「姐さんたち! 恥ずかしいと思いませんか?」 菖蒲が大声で叫んだ。

「菖蒲……お前はどっちの味方なんだい?」 先輩妓女は菖蒲を睨んだ。

「私は、どちらの味方でもありません。 もちろん勝来とは長年一緒に仕事をしました。 けんど、信濃姐さんのお仕事もやりました。 なのに、こんな事で仲間割れをするのは恥ずかしいと思いませんか……」

そして菖蒲は泣き出してしまった。

(菖蒲姐さん……) 勝来は無言で、顔色も変えずに菖蒲を見た。

「勝来だって、こんな風になりたくてなった訳じゃないのに……」 菖蒲は必死に勝来を庇っていた。

「菖蒲姐さん……」 勝来が菖蒲の肩に手を置いた。

すると、 菖蒲はパッと勝来の手を払った。

「勝来、ここでは情けは毒よ! 私も貴女と戦うから! 覚悟して!」 菖蒲は低い声で渾身の力で勝来に宣戦布告をした。

「はい。 これでお終いだよ」 采が手を叩いて、この場をいさめる。

そして 夜見世の時刻、妓女たちは引手茶屋に向かっていく。

その中で、菖蒲と勝来は大部屋に残っていた。

「姐さん……私」 勝来は、菖蒲に何かを言おうとしていたが、

「まだいい。 話すな……」 菖蒲も察した様子だった。

「勝来、さっそくだ! 引手茶屋に迎えに行きな!」 采は、勝来の指名を告げた。

勝来は、お供として梅乃と小夜を連れて引手茶屋に向かった。

「はじめまして……」 まず初見の客とは引手茶屋で食事などをして様子を伺う。

これは金を持っているか、罠などではないかを確かめる。

そして重要なのは、身体検査だ。 皮膚の状態を身体の動きに合わせ、服の隙間から肌の状態を見る。

これは梅毒が無いかを見るのだ。 梅毒があれば、皮膚の弱い所にアザのような色に変色していく。 これを確認していた。

こういう時、顔に出さない勝来は適任である。 表情が乏《とぼ》しい為、お高くとまって見えるが高貴にも見える。 うってつけであった。

そして、菖蒲が酒宴の用意が出来たと勝来に伝えに来た。

そこでも表情を変えずに頷く勝来は高貴にも見える。

そして酒席にて、勝来は黙ったままである。

初めての客は、花魁など高級妓女のご機嫌取りから始まり、嫌われないようにするのだ。

特に、花魁が相手では、客でも偉そうにしてはいけない。 追い返されて終わってしまう。

吉原では、妓女が客のように もてはやされる世界なのである。

この勝来の客も、同じように勝来のご機嫌取りをしていた。

酒宴代、引手茶屋の手数料、男性職員へのチップ。 そして揚げ代と言って、妓女の値段などの計算をすると七拾両はかかる。

一両は現代の十三万ほどの価値であり、七拾両だと、現代の価格だと約九十三万円にのぼる。

これだけの金を払って嫌われたとなったら、男として恥ずかしいものであろう。

実質、花魁ともなれば毎回、百万~百五十万円の金が掛かるのものである。

昔の話しになるが、『太夫(たゆう)』と呼ばれていた妓女がいる。 これは花魁より上の格になる。

そんな太夫は、『傾城《けいせい》』とも呼ばれていた。

とても金が掛かる美女。 城が傾くほど金が掛かる美女と言うような女性もいたのだ。

それほど妓女とは、金の掛かるものなのである。

しかし、勝来にどれほどの価値があるのかは、本人さえも知らない。

これは見世が決める事であり、三原屋の文衛門と采しか知らないのだ。

そして酒宴を楽しむが、客は初めてでは高級妓女と夜を共にすることは出来ない。

初回であれば、話しもしない。 食事にも箸を付けないなど、お高いにも程がある! と言いたくなる。

しかし、これが大見世である。

もし、夜の相手だけであれば小見世や河岸見世を使えば済む。

だが、大見世は男の箔でありステータスとなるのだ。

そして夜も更け、午前零時には見世を出て行くのである。

勝来も初戦で疲れたのか、急いで部屋に戻り寝てしまった。

翌朝、勝来の部屋が騒がしかった。

梅乃と小夜が片付けをしていた。

「うぅ……ん?」 勝来が目を覚ます。

「お前たち……」 片付けをしている二人を見て、勝来が声を出した。

「おはようございます。 姐さん」 梅乃と小夜は元気な声で挨拶をしていた。

「なんか落ち着かない……」 人の世話ばかりしていた勝来が、今度は される方になっていたのだから当然である。

「これから慣れたらいいのよ」 

「えっ?」 勝来は驚いていた。 梅乃と小夜の他に、菖蒲も片づけをしていた。

この「慣れたらいいのよ……」 と、言ったのは菖蒲であった。

「菖蒲姐さん、何を―」 当然だが、先輩の菖蒲が片付けをしていたのだから勝来はパニックになっていた。

勝来は慌てて正座をし、頭を菖蒲に下げていた。

「いいのよ。 これが吉原なんだから」 ニコッとして菖蒲は答えた。

「……」 複雑な気持ちになった勝来の一日が始まる。

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